領域代表挨拶

この新学術領域研究では「共感性」をテーマにしています。

共感あるいは同感は、人の高度な社会生活を可能にする最も基本的、原初的な道徳感情として、古くから議論されてきました。アダム・スミスは、『道徳感情論』において、他者に同感を感じ、他者から同感を得るように振る舞うことをもとに社会に秩序が生まれると論じました。ダーウィンは、『人間の進化(由来)』において、共感について「社会的本能の最も重要な一要素として自然淘汰によって発達したことは、疑いえない」と述べています。

現代科学の進展により、これら先人達の思想を裏付ける実証的証拠が着々と蓄積されつつあります。私たちは本領域研究で共感を科学的に理解することに正面から取り組もうと考えました。

もちろん、共感 (empathy) が主題であることは間違いありません。しかし、単に「共感」とするのではなく「共感性」としたのは、共感の基礎に横たわる情動伝染から、逆に高次認知機能の修飾を受ける同情までを包含する、共感を中核とした情動システム (empathetic systems) を連続的に扱おうと考えたからです。連続的な情動システムとしてとらえることにより、本研究領域がめざす共感の進化・起源と共感の神経基盤の解明に取り組みやすくなり、研究分野を越えた共同研究が一層推進しやすくなると思っています。

人文・社会科学と生命科学の融合は、言うに易く行うに難しい典型の一つです。社会脳神経科学が近年急速に進展していますが、人間の社会感情や社会的意思決定に関する脳内システムまではかなりの程度分かってきたものの、相関研究にとどまり、回路や分子まで含めた因果関係の研究までは至っていません。

本研究では、共感性の研究を動物を対象とした研究まで掘り下げ、マクロとミクロ、動物とヒトを繋ぐ理論と実証を提示したいと思います。その結果、人間社会の特異性がより一層明確になり、現代社会が抱える集団感情や社会感情がもたらす諸課題への提言が可能になると信じています。

共感性の科学という新学術領域の創成に励みますので、皆さまのご指導を頂けますようどうぞよろしくお願いいたします。

2013年8月
長谷川寿一